Publication
思想と教育のための通信
創刊号|Vol.1
Foreword
私たちは、学ぶことを「役に立つかどうか」で判断しがちな時代に生きています。
しかし本来、学びとは、自分の内側に問いを持ち続けるための静かな営みではないでしょうか。
広報誌『萱』は、白皮書で示した思想や、日々の対話・学びの断片を、もう少しやわらかな言葉で社会へ届けるために生まれました。
目立たず、しかし確かに人を包む存在として、『萱』が読者それぞれの思考にそっと寄り添うことを願っています。
一般財団法人 教育研究支援機構
理事長
Feature 1
学ぶことは、正解を集めることではありません。
分からないことに出会い、立ち止まり、考え続ける姿勢を持つこと。
知識は変わります。技術も更新されます。
それでも、考えようとする態度だけは、人の中に残り続けます。
Feature 2
AIや仮想通貨は、私たちに便利さをもたらします。
しかし同時に、判断や責任、信用の在り方を人間に問い返しています。
技術をどう使うかではなく、技術と共にどう生きるかを考えること。
それが、教育に求められている役割です。
Questions
Dialogue
「分からないまま考える、という経験が新鮮でした。」
「意見を言わなくても、聞いているだけで参加できたのが安心でした。」
Scholarship
当財団の奨学金は、特定の分野の優秀さだけを評価するものではありません。
国籍や専門を問わず、学び続けようとする意志、考えることを大切にする姿勢を支えるための奨学金です。
余白のページ
学ぶとは、自分を変えることだろうか。
それとも、世界の見え方が少し変わることだろうか。
次号へつづく。
第2号|Vol.2
Foreword
創刊号では「学ぶとは何か」を問いました。
第2号では、その問いを裏返し、「教えるとは何か」について考えます。
教えることは、正解を伝えることでしょうか。それとも、問いを手渡すことでしょうか。
答えのない時代に、教える側もまた、考え続ける存在であることを、この号では見つめたいと思います。
一般財団法人 教育研究支援機構
理事長
Feature 1
教える人は、知っている人だと思われがちです。
しかし本当に価値のある教育は、教える側もまた分からないことに向き合い、共に考える姿勢から生まれるのではないでしょうか。
AIが知識を即座に提供できる時代に、人が人に教える意味とは何か。
それは、知識の伝達ではなく、「考え方」そのものを共有することかもしれません。
Feature 2
AIは質問に答え、情報を整理し、学習者に合わせた説明を生成できます。
しかし、学ぶ人の沈黙に気づくこと、迷いに寄り添うこと、問いを一緒に抱えること ── これは人間にしかできない営みです。
AIは教育の道具にはなれても、教育者にはなれない。
その境界線を見極めることが、これからの教育に求められています。
Voices
「教えているつもりが、生徒の問いに自分が教えられていた。」
「AIに任せられる部分が増えたぶん、人として向き合う時間が増えた。」
「正解を持たない先生のほうが、教室の空気が柔らかかった。」
余白のページ
教えることは、自分が何を信じているかを問われることかもしれない。
そして、信じていることを手放す勇気を持つことかもしれない。
次号へつづく。
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